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新潟地方裁判所 昭和51年(ワ)330号 判決 1978年7月19日

原告

高田信明こと金信明

被告

武石一夫

主文

被告は原告に対し、金五一二万九七一〇円及びこれに対する昭和四八年九月二一日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告の請求の趣旨)

一  被告は原告に対し、金一二三六万六九一七円及びこれに対する昭和四八年九月二一日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び第一項につき仮執行の宣言を求める。

(請求の趣旨に対する被告の答弁)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

(原告の請求原因)

一  被告は、昭和四八年九月二〇日午後五時四五分ころ、新潟市沼垂三丁目一一番一〇号先県道新潟村上線において、東港十字路方面から船江角方面に向けて自動車(ダツトサン、新四一さ一二六七号)を運転中、下校途中自転車をひいて左方から右方へ道路を横断していた原告に衝突した。

二  被告は右自動車の所有者であつて、これを自己のため運行の用に供していた。

三  原告は、右交通事故によつて脳挫傷、頭部打撲擦過創、第三頸椎圧迫骨折、左下腿打撲擦過創、右膝打撲擦過創等の傷害を負い、脊柱に著しい運動障害(前屈七〇度、後屈二五度、左屈二〇度、右屈二〇度)、右上肢不全麻痺(筋力の低下、運動拙劣化、握力左六一キログラム右五七・五キログラムで文字等を書くのに時間を要する)、著しい記憶力・思考力の低下・人格水準の低下の諸症状を併合する後遺障害(第八級)を生じた。

四  原告は、右交通事故により次のとおりの損害を被つた。

(一) 治療関係費 金一四万七八八〇円

原告は、右傷害のため、昭和四八年九月二〇日から同四九年三月二六日まで長谷川病院に入院し、同年三月二九日から同五一年七月二七日まで通院し(実治療日数五七回)、次の費用を支出した。

1 通院治療費 金六万二七八〇円

2 病院証明文書料 金三四〇〇円

3 マツサージ代 金四万一八〇〇円

4 通院タクシー代(一往復七〇〇円、五七回) 金三万九九〇〇円

(二) 逸失利益 金九八四万九〇三七円

原告は、右交通事故当時、新潟県立新潟高等学校に在学中で、将来大学進学が確実視されていたところ、右事故のため長期の休学を余儀なくされ、前記後遺障害のため勉学と進学に大きな支障を来たし、また就職も危まれ、将来への希望を断念せざるをえない状態にある。

原告は、大学卒業時の年齢二四歳から以降六七歳までの四三年間稼動可能であり、前記後遺障害第八級の労働能力喪失率は四五パーセントであるところ、原告の大学卒業時における平均賃金は昭和四九年賃金センサスによれば一二七万三七〇〇円であるから、原告は次の計算式により九八四万九〇三七円の得べかりし利益を喪失した。

一二七万三七〇〇×〇・四五×二二・六一×〇・七六

(三) 慰謝料 金三〇〇万〇〇〇〇円

原告は右傷害のためかねて希望していた大学医学部への進学を断念したばかりでなく、普通大学を卒業しての就職も危ぶまれる状態であり、その精神的苦痛は計り知れないものがあり、その苦痛を慰謝するためには金三〇〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用 金一〇五万〇〇〇〇円

原告は本件訴訟を弁護士である原告代理人に委任し、その着手金として金二五万〇〇〇〇円を支払い、成功謝金として金八〇万〇〇〇〇円を支払う旨約した。

五  原告は、昭和五一年八月三一日自動車損害賠償責任保険の保険金一六八万〇〇〇〇円を受領したので右の合計額からそれを控除する。

六  よつて、原告は被告に対し、右自動車損害賠償保障法三条に基づき、右交通事故による損害賠償金計一二三六万六九一七円及びこれに対する右事故の翌日である昭和四八年九月二一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告の認否)

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二の事実は認める。

三  同三の事実は不知。

四  同四の(一)の事実は不知、(二)ないし(四)の事実は否認する。なお逸失利益の算定はライプニツツ方式によるのが合理的である。

五  同五の事実は認める。

六  同六は争う。

(被告の抗弁)

一  過失相殺

本件交通事故の発生した道路は、幅員一四・七メートル、片側二車線の交通量の激しい幹線道路(県道)であり、当時は夕方のラツシユアワーであつたところ、事故現場付近は歩車道の区別があり、その境にはガードレールが設置されており、人家がまばらで人通りが少なく、その場所を横断する者はほとんどいない横断禁止場所と同一視しうる状態にあつた。

本件交通事故当時雨天ではあつたが小降であり、時間的にみてもさほど暗くなつておらず、当時走行していた自動車の半分位は前照灯をつけておらず、被告運転車両は当時車幅灯(スモールランプ)を点灯しており、原告から発見され易い状態であり、他方原告は黒い学生服を着ており、被告から発見され難い状態であつた。

以上のような状況のもとで、原告は被告車両が直前に迫つているのを知りながら、自転車をひいて道路左側から右側へ急に横断を開始したものであつて、道路交通法一三条一項に違背するような通行方法であつた。

本件交通事故は以上のような原告の無謀かつ危険な横断という重大な過失によつて起きたものであり、原告は八〇パーセント以上の過失があるから、右割合による過失相殺がされるべきである。

二  一部弁済

被告は原告に対し、治療費等損害賠償の一部として、昭和四八年九月二一日及び同年一〇月六日の二回にわたり各金五万円ずつ、計金一〇万円を支払つたほか、一三九万六六七〇円を支払つた。

(抗弁に対する原告の認否)

一  過失相殺の主張は争う。

本件交通事故当時、日入時刻は午後五時四六分であり、事故現場は照明もなく、折から降雨で見通しが悪く、また事故現場付近の路面はアスフアルトで湿潤であつて、自動車の停止距離は毎時六〇キロメートルの場合約四一・一メートルであつたにもかかわらず、被告は前方一五メートルの見通し距離しか確保せず、制限速度毎時五〇キロメートルを超える毎時六〇キロメートルの高速度で進行した。

被告は前方三六・九メートル、車道左側端から二メートルの地点に「何か黒いもの」を発見しているのであり、原告は被告車両が約四〇メートル遠方にあるときに既に横断を開始していた。

以上述べたように、本件交通事故は前方不注視及び速度調節不適当といつた被告の無謀な運転によつてひき起こされたものであつて、原告の一方的又はそれに近い過失によるものである。

二  一部弁済の主張は否認する。

但し、原告は被告から一〇万円を受領したことがあるが、これは入院雑費として受領したものであり、その分は本訴において請求していない。

第三証拠〔略〕

理由

第一本件交通事故の発生及び被告の責任

一  請求原因一の事実については当事者間に争いがない。

二  真正に成立したことにつきいずれも当事者間に争いのない甲第一ないし第三号証、同第一二号証の六並びに七、証人宮本武の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は右交通事故により脳挫傷、頭部打撲擦過創、第三頸椎圧迫骨折、左下腿打撲擦過創、左膝打撲擦過創等の傷害を負い、脊柱に変形をともなう著しい運動障害(前屈二〇度、後屈二五度、左屈二〇度、右屈二〇度、左回旋三五度、右回旋三五度)、右上肢不全麻痺(筋力の低下、運動能力の拙劣化、握力左六一キログラム右五七・五キログラム、筆記等に時間を要する)、記憶力の著しい低下等の諸症状を併有する自動車損害賠償保険法施行令別表第八級に該当する後遺障害を被つたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  以上の事実によれば、被告は原告に対し、自動車損害賠償保償法三条本文により、右傷害から生した損害を賠償する義務がある。

第二損害

一  治療関係費

前第一記載の証拠、真正に成立したことにつきいずれも当事者間に争のない甲第四号証の一ないし五一、同第六号証の一ないし三、同第九号証の七ないし一四、及び原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証によれば、原告は右交通事故による傷害の治療のため、昭和四八年九月二〇日から同四九年三月二六日まで長谷川病院に入院し、同年三月二九日から同五一年七月二七日まで同病院に通院し(実治療日数五七回)、通院中はり電気治療を受け、その間次の費用を支出したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  通院治療費 六万二七八〇円

2  病院証明文書料 三四〇〇円

3  はり電気治療費 四万一八〇〇円

なお、通院のためのタクシー代については、証人宮本武の証言及び原告本人尋問の結果はその額について判然とせず、それをもつてのみでは原告の主張を認めるのに十分でなく、その他にこれを認めるべき証拠はないので、これを認容することはできない。

二  逸失利益

真正に成立したことにつき当事者間に争いのない甲第一三号証、証人宮本武の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件交通事故当時一七歳で新潟県立新潟高等学校第三学年に在学中であり、大学進学を目標に勉学中であつて、遅くとも二四歳(原告は医学部進学を前提としてこの年齢を基準とするようであるが、医学部進学を前提とすること自体に合理性はないとしても、大学への進学、卒業時期に不確定な要素の多いことが一般によく知られていることを考慮すると、四年制の大学への進学を前提とすれば、この年齢をもつて就労開始時とすることに合理性は認められる)には大学を卒業して就労し、六七歳に達するまで稼働し、その間大学卒業時の全国平均賃金と同額程度の収入を得ることができたものと認められ、右認定を左右する証拠はない。

昭和四八年の賃金センサスによれば、大学卒業時の平均賃金は年一〇五万二五〇〇円であることが認められる。

前記負傷並びに後遺障害及び真正に成立したことにつき当事者間に争いのない甲第一二号証の六によれば、原告の労働能力喪失割合は四五%と認めるのが相当である。

右各数字をもとに年五分の複式ライプニツツ方式により原告の逸失利益の現価額を求めると次の算式により五九〇万五八九二円となる。

一〇五万二五〇〇×(一八・二五五九二五四六-五・七八六三七三四〇)×〇・四五

三  精神的損害

前記負傷並びに後遺障害に、後記事故の態様、原告本人尋問の結果並びに前記甲第一三号証によつて認められるところの原告が大学進学を断念せざるをえず、就職の範囲が限定されたこと並びに原告が幼少時に患らい本件事故当時補足器を使用していたこと、その他諸般の事情を一切考慮すると、原告が本件交通事故によつて被つた精神的損害を慰謝する金額は金三〇〇万円とみるのが相当である。

第三過失相殺

真正に成立したことにつきいずれも当事者間に争いのない甲第九号証の四並びに五、同第一四号証(原本の存在についても当事者間に争いがない)、乙第一ないし第六号証、同第一〇号証(原本の存在についても当事者間に争いがない)、同第一一号証、原告並びに被告の各本人尋問の結果を総合すると、本件交通事故現場となつた道路は、幅員一四・七メートル、片側二車線の交通頻繁な幹線(県道)であり、事故発生現場付近はガードレールによつて歩車道の区別がされており、本件事故当時は夕刻のラツシユ時であつて交通量が多く、道路には照明設備がなく、折から雨天のため前方の見通しが困難であるうえ、路面が湿潤でスリツプし易い状態であつたのに、被告車両は車幅灯(スモールランプ)を点灯したのみで、制限速度毎時五〇キロメートルを超える毎時六〇キロメートルの高速で同一方向の車両の先頭を走行していたところ、原告を約三六・九メートル前方道路左端寄に発見しながらその動静を確認せず漫然と走行を続け、約三〇メートルに接近した地点で原告が横断中であることに気付いて急制動の措置をとつて衝突を回避しようとしたが間に合わなかつたものであつて、本件交通事故の発生について被告の速度不適当並びに前方不注視の過失が大であることが認められる一方、原告は幼少時に患つた小児麻痺のため片足に補足器を使用し、機敏の動作が十分でないのに、黒地の学生服を着て、車両の通行状況を十分確認することなく右にみたような道路を被告の意表をつくような状態で横断したものであつて、本件交通事故の発生について原告にも過失があることが認められ、その割合は三〇パーセントと評価するのが相当である。

原告は、被告車両が発見され難かつた旨主張し、原告本人尋問の結果中それに沿うような部分も窺われるが、前記のとおり被告側からは原告を約三六・九メートル前方に発見できていたことが認められるのに照し、原告側から原告より目標の大きく車幅灯を点灯した被告車両を発見できないということは経験則上考えられないことであり、その他に前記各認定を覆すに足りる証拠はない。

従つて前記損害額の合計から右割合による額を差引くこととする。

第四損害の填補

一  原告は本訴において以上の合計額から自動車損害賠償責任保険から受領した金一六八万円を控除して請求しているから、右合計額から右金額を差引くこととする。

二  真正に成立したことにつきいずれも当事者間に争いのない乙第七号証の一ないし一三(但し一と二は重複)、同第八号証の一ないし二八、同第九号証の一ないし三、証人宮本武の証言及び被告本人尋問(第一回)によれば、被告が一部弁済した旨主張している金額は、いずれも原告が本訴請求から除外してある原告の入院期間中の費用に充てたもの及び見舞金であることが認められ、それを左右する証拠はないから、その右額を前記損害額から差引くべきでなく、原告の一部弁済の抗弁はいずれも理由がない。

第五弁護士費用

本件事案に鑑み、弁護士費用中被告が原告に賠償すべき分は金五〇万円が相当である。

第六結論

以上検討したところによれば、原告の本訴請求は、被告に対し金五一二万九七一〇円及びこれに対する本件交通事故の翌日である昭和四八年九月二一日から右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 草深重明)

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